余裕ある新入社員の教育とは~アローワンス~

講師が生徒に向かって話している。

「伝説の勇者を思い出してください。あなたはドラゴンに負けるわけにはいかないのです」。

ここまで来ればゲーム好きの方には「もしかしたら、あのドラゴンが出てくるロールプレイイングゲームかな?」と思い浮かぶのではないだろうか。

講師は続ける。

「最初はスライムみたいな“下っ端”にも勝てないですよね。でもそのうちどうなりますか?少しずつですが、あなたは鎧(よろい)と盾(たて)を得て、身を守っていきますね。そして武器も得て攻撃力を手にします。強さを得るのです。この状況を考えてみてください」

いったい何の話だ?

 

【新入社員が去っていく】

講師は企業の新入社員に向けて話している。実はここで言う講師とは筆者である。筆者はコミュニケーション論を新入社員に教えているのだ。

知り合いの企業から今年の1月に相談を受けた。彼が言うには「昨年に採用した新入社員が1年もたたない間に退職するのです。新卒採用のおよそ10%に上ります。大きな痛手です。こんなに簡単にやめる人が増え始めているのです」。

新入社員は企業にとっては金の卵だ。これから育ち、企業の将来を支えてくれる貴重な人材だ。その新入社員がやめるというのはよほどのハラスメントがあったのではないかと思い、調べてみたが、筆者が見る限りハラスメントはなさそうだ。

この企業はそれ成りに考えているようだ。「最初の数カ月は定時に退社してもらい、時間のゆとりを設けています。ランチやディナーも無理強いしません。業務内容もいきなり大学の授業のように教えるのではなく、まずは、経験してもらってからが望ましいですよね。そこで・・・」。

そこで企業側は新入社員に電話対応をさせたのだ。電話は1時間で2~3回程度だ。時間の余裕はあるし、この回数なら新入社員でも新人として相手客を理解したり、メモする余力もあるだろう。電話をかけてくる客のニーズも電話によって直(じか)に学ぶこともできるだろう。企業としては最善のことと考えたというわけだ。

しかし、この状況は新入社員にとっては極めて厳しいのだ。やめていくのも理解できる。新入社員たちはアローワンスレスに陥ったのだ。

 

【アローワンス】

アロ-ワンスとは日本語にすれば余裕と言うことになるが、単純な“余裕”では本位は伝わりにくい。“ゆるさ”を含んだ余裕というのが正しいように思われる。

ロールプレイングゲームにはゆるさと余裕がある。負けたとしても、また次がある。誰にも叱られずに、悔しさは心で整理して次に進んでいける。しかしながら、仕事となると、ロールプレーではすまない。新入社員は、ゲームではない実在する客からの電話に対して、アローワンスを持てない。いきなりゆるさも余裕もなくなるのだ。

筆者ぐらいの年寄り世代は失敗しても、次があるとあつかましく考えるが、今の新入社員世代はまじめだ。ゆるさと余裕が必要なのであろう。そうであれば、まずアローワンスをゲームといった非現実手段で学ぶことの優先順位が高くなる。

 この企業では、まず新入社員をロールプレイングによる疑義電話(人事部や先輩社員による電話)に出ることで経験を与えた。経験によって鎧と盾そして武器を得ることができるのだ。心の中の鎧、盾、武器は、心の中にアローワンスを身に着けるということだ。コミュニケーション力のステータスが上がるのだ。