ジョブネーム

ある会社の初めての商談だ。初めてゆえに名刺を渡しながらの初対面挨拶となる。「私は山本トミカと申します」

先方は「片仮名のトミカとは珍しいですね。どういう由来ですか?」

「はい。模型が好きなのでトミカにしました」

「ご両親が模型好きとかですか?」

「いえ。両親は模型に興味はありません。私がトミカが大好きなのです。私がつけたジョブネームです」

ジョブネームって何だろう?

 

【枠内クローズ】

あなたの名前はなんですかと聞かれれば、当たり前だが“自分の名前”を言うだろう。ここで言う“名前”とは本名のことだ。仕事であれば、初対面の場合には会社名と本名を言うのが一般的だ。特に理由はないが、それがある種の礼儀でもあるのではないかと筆者のような高齢層は考えてしまう。

最近、社会人の業務上のコミュニケーションの際に、本名を開示しないことがあるらしい。会社用の名前、俗に言うジョブネームを使うのだ。名刺にも記されるし、相手にもジョブネームで挨拶をするのだ。

ジョブネームはペンネームや芸名に似ているようであるが、少々、異なる部分がある。ペンネームや芸名は自らの特性を見せることで、特別感を与えたり目立たせたりすることが多いのだが、ジョブネームにはそういう目的はない。

ジョブネームは自分を目立たせたり、特性を開示したりではなく、本名の自分を消して、仕事の時だけの自分を表すことを目的とする。自分を仕事の自分に分離・分別するための名前だ。仕事と仕事以外を完全に分離し、仕事をする自分を自らで分別するものである。

仕事で関連する相手とのコミュニケーションはジョブという枠に閉じ込める。すなわちクローズする。友達とのコミュニケーションはトモダチという枠にクローズする。家族はホームという枠にクローズする。こうして枠を設定して、枠内でクローズしてしまうのだ。

枠はどんどん細かくなってきていると言う。仲の良い悪いで枠を作る。こまかになればなるほど枠はどんどん増えていく。

大学の生徒に話を聞くと「複数のメールアドレスを持つのが当たり前。20ほど持っている学生もいる」とのことだ。これも枠内クローズであろう。

SNS等で利用される名前はそもそもSNSネームではあるが、写真は本人が映る場合が多かった。そのためにしっかりと化粧もするし、見栄えをコントロールすることが多かった。しかし、今、その写真も本人の顔だけはクローズされていることが若い世代で多いと言う。

クローズされていない枠(枠外)に自分を出すことはしないという変化が起きている。

 

【ジョブネーム】

この状況をどう考えられるだろうか。少しだけではあるが調査をしてみた。30名ほどの中小企業の社長に聞いてみたところ、多くの返事が「ジョブネームの要因は会社での教育が出来ていないからであり、社会人として勤務しているとジョブネームの発想はなくなる」というものであった。あるいは「若者はまだ仕事の厳しさを知らないからジョブネームで甘えている」という辛辣なものもあった。果たしてこの考え方は正しいのだろうか。

個人としての自分と、会社員としての自分を分離・分別することも変革のひとつではないだろうか。ジョブネームとは、今、着目されているジョブ型に対応するための変革のひとつではないだろうか。ジョブネーム、ありだと思う。