クラウディングアウトからインへ

「はっけよい、残った、残った・・・」。相撲である。相撲なのだが、これは人間ではなく牛の相撲の話だ。近畿地方で開催される牛相撲を見に行った時に、闘牛の飼育人から聞いた話だ。

「牛の世界は人間よりも勝負については厳しいと思います。人間なら、勝ち負けを引きずらずに、次の対戦に切り替えることができますが、牛は勝負事で負けた時には、勝った相手を覚えていて、もう、勝負はしなくなります。再度の勝負はせずにクラウディングアウトしてしまうのです」

 

 

【クラウディングアウト】

この話を筆者は意外に感じた。負けた牛が、買った牛との再勝負に臨まずに、もはや雌雄は決せられたと判断し、あたかも上司と部下の関係性を永続させるような、極めて人間にありがちな反応をすることを意外に感じたのだ。

そのうえで、もっと驚いたのが「クラウディングアウト」である。クラウディングアウトとは金融でよく使われる言葉だ。政府による国債の発行が増加し、その影響が民間の資金調達に影響を与えてしまうことを“国が民間を追い出す”的な意味合いでクラウディングアウトと言う。

一方、心理学的にもクラウディングアウトは使われている。自分の本来の思いが、駆逐されてしまい、自分の意思とは異なる状態になることを意味する。コミュニケーションにもこのクラウディングアウトは起きうることだ。この複雑な用語であるクラウディングアウトを闘牛で聞くとは思わず驚いたのだ。

自分が本来話したいことを内発的モチベーションと呼ぶ。対立するのは外発的モチベーションに基づくコミュニケーションだ。外発的なモチベーションとは、コミュニケーションの主体者である本人が、本来話したいことではなく、外部からの影響によって話すモチベーションが生まれてしまうことを言う。

企業において外発的なモチベーションでクラウディングアウトが起きるのは、例えば、出世である。課長補佐から課長に出世した場合等に起こりうる。本来、内発的に持っている個人としての考え方が、課長への出世と言う責任の保有によって、会社組織という外発に影響されるのだ。

 

 

【クラウディングイン】

クラウディングアウトは心理学では否定的に捉えられると筆者は考えているが、これを逆手に取ったクラウディングインのコミュニケーションが着目されている。外発的なモチベーションで内発的なモチベーションを消去するのではなく、外発的モチベーションを内発的モチベーションに、新たに組み入れることで、内発的なモチベーションを大きくし、内発と外発の双方のモチベーションが連動することを目指しているのだ。

課長になるにあたって企業での責任が増すと同時に権限も増す。責任は外発的ではあるが、権限は“課長が本来やりたい内発”の増加にもつながるのだ。責任と同時に、やりがいを増すことができる。

このやりがいをコミュニケーションに生かすことで、出世によるクラウディングアウトをクラウディングインに切り替えることができるのだ。企業にとっては有用な考え方だろう。

企業内においては、クラウディングアウトは日常茶飯事と言ってもいいのではないだろうか。クラウドアウトしてから、再度、インすることで企業も従業員も強くなる。コミュニケーションにクラウドアウトは存在しない。