ジョブ型コミュニケーション

「蜜蜂の世界ってジョブ型企業に勤務するみたいなものですよ」。こう言うのは、知り合いのサンフランシスコの大学教授だ。彼女は経済学の教授であり人事施策の専門家だ。一方で養蜂の専門家でもある。蜜蜂に詳しいのだ。

「女王蜂は社長みたいなものです。雄蜂は女王蜂の産卵の役割だけです。巣の外には出ません。社長さんたちのご機嫌伺の取締役・・・と言ったら叱られそうですね」。

確かに叱られそうだが、彼女のご主人はIT企業の取締役なので許容いただきたい。

 

【蜂の職場】

「実際に蜂の世界を支えているのは女王蜂ではなく働き蜂です。蜂のほとんどが働き蜂なのですが、この働き蜂のそれぞれが異なる役割を持っているということがわかってきました。ハチミツを取りに行く役割に特化した働き蜂がいます。企業なら営業部の社員でしょうか。蜂の巣を作る役割の働き蜂もいます。製造部ですね。スズメバチが攻撃してきたらそれを守る役割の通称、自営蜂もいます。競合他社というか、敵対的買収にやってくる企業を守る財務部がそれにあたるでしょうか。アメリカの話ですが」

彼女は蜂の世界の話を、私たち、人間界の企業勤務者に例えている。彼女の考え方は、アメリカの企業における労働者は基本的にジョブ型雇用であるということだ。ジョブ型の雇用においては、従業員のそれぞれが得意とする業務であるジョブに応じて働くということになる。

大学の卒業時には得意分野がわかっていて、それを活かせる企業に就職する。その後、よりやりがいのある企業や、より給与の高い企業に転職をする。従業員はジョブに応じた企業に転職するし、企業は要求するジョブに対応する人材を雇用する。

「蜂の世界にもコミュニケーションがありますよ。体を震わせるようなダンスをします。それで、どこに蜜があるのか、敵が来たとかいったコミュニケーションを行います。ただし、このコミュニケーションは分断されています」。

蜜を取る働き蜂同士でのコミュニケーション、巣を作る“製造”蜂でのコミュニケーション、守りの自営部のコミュニケーションがあるのだが、いずれもジョブごとに分断されていてコミュニケーションも分断されているということだ。

働き蜂がハチミツを取りに外に出ている間に、敵の蜂がやってきても、自営側の蜂の数が少ないと負けてしまう。

 

【ジョブ型は成長を妨げる】

この状況を、彼女はジョブ型の問題点として警鐘を鳴らしている。ジョブ型の蜜蜂に見られるように、同じ企業の中でも部署間のコミュニケーションが分断されている場合には、何かの出来事が起きた時に、同じ会社の従業員の全体で行動を取ることができなくなってしまう。

せっかく、同じ企業に勤務しているにもかかわらず、ジョブ型であれば、部署間のコミュニケーションがなく、それはつまるところ企業全体の人材が分断され、規模が縮小している状態になっていると彼女は言うのだ。

「日本は終身雇用のメンバーシップ型だと聞いています。メンバー同士でコミュニケーションを取り、その状況に合わせていくから、企業は長続きします」。今、日本ではジョブ型に注目されている。ジョブ型は油断すればコミュニケーションの機会をなくし、企業の永続の機会もなくすのではないだろうか。