ペンギンなのかトドなのか

「新規のクライアントが取れるかも知れない。絶好の機会だ。先方には、初回の訪問となる。何せ初めてだから“行動的”で“好奇心”を持っている人材をつれて行きたい。誰かいるか」。

営業部の部長が月初の会議で話している。副部長が返答する。

「それであればペンギンの田中と、イルカの佐藤がいいのではないですか。彼女たちはまさに行動的であり、好奇心があるのでクライアントの心に入り込めると思います」

「山田はどうかな」

「イノシシの山田は積極的なのですが猪突猛進なので、次のステップでいいと思います」

「わかった。では田中さんと佐藤さんに対応してもらおう。いいね」

会議室の田中氏と佐藤氏が「がんばります」と言う。

 

【動物マーク】

この会社では従業員の社員証や名刺には氏名と部署が記されていることに加えてマークがついている。マークはペンギン、イルカ、イノシシ、ライオン、象、犬、猫といっただれでも知っている動物だ。犬だけは柴犬、ジャーマン・シェパード、セントバーナードとマークが分かれている。

柴犬は愛想と寄り添いが得意で、シェパードは嗅覚にすぐれ何かを探し出す、セントバーナードは言葉は少ないが山岳救助のようにたくましく難関を乗り越える。ペンギンやイルカは人間に興味を持って寄ってくる。イノシシは猪突猛進でライオンはリーダーシップで、象は仲間とともに力強く行動し、猫は我が道を歩きつつも時として甘えるというツンデレの魅力を持つ。

会社の社長に話を聞くと次のような返事が来た。「従業員は皆、個性を持っています。その個性を存分に発揮してもらいたいのですが、まじめな従業員ほど社長の言うことばかりを聞いて、自分の個性を消してしまうのです。そこで、自分らしさを出してもらうためにマークを作ったのです」。

会社員はどうしても「会社のために働こう」と考えるがゆえに、個性を消してしまう傾向がある。個性を消すと言うことは、その人らしさを発揮できなくなるということだ。社長はこれを「ロボット化」とも指摘する。

IT化、AI化にはさまざまなメリットがあるが、人間らしさというものを忘れさせ、経済的効率性にのみ着目してしまう。すなわち個性が二の次になってしまうデメリットがあるのだ。

 

【生き物として】

人間らしさと個性を会社の中でいかんなく発揮するために、従業員は動物マークを見せることで、自分も自分らしさを忘れず、従業員同士は相手の個性を認識して、働きやすさと働きがいが維持されるというわけだ。

「従業員は生き物ですよ。生き物の中の人間ですけれど、やはり生き物であり個性を持っています。AIには個性はないでしょ。ITやAIは効率性にはすぐれているけれど、生き物だけが持つ個性は持ち得ない。そのすごさを従業員には忘れずにいてもらいたい。その結果がマークです」。

筆者も社長からマークをもらった。トドだ。ライオンとかが欲しかったがトドだ。社長は言う。「私もトドですよ。トドは普段、岩礁とかに上陸してぼんやりしてます。でもいざというときには、その膨れた腹からは想像できないほど動きます。海にもぐるととても早い。いざというときに底力を発揮するのがトドですよ。経験の長い高齢の社員だけのマークです。高齢社会の働き方にもあってますよね」。

筆者としては素直に喜べないが、確かにトドは個性になる。大学の授業でも使おうかな。