スコアキーパー

「頼む。もうこれ以上はやめてくれ!」という祈りに近い言葉。次の瞬間「あーもう!また、点を取られたよ。見てられないな」とあきらめの言葉が続く。その直後「またかよ。抑えろよ。あ、打たれた」

しばらくしてから小声で「勘弁してくれよ。もう7回まで来て10点差かよ。あーあ、今日はおしまい」。スイッチを切り、画面が消える。

なんの話か想像できるだろう。プロ野球の話である。自分が応援しているチームが負けているとそわそわする。点差がつくほどにイライラする。そして、もう勝つ見込みがないと思うと、途中で画面を切って見ることをやめる。よくある話ではないだろうか。

 

【敗北情報】

大学野球のトレーナーから聞いた話だ。

「プロはさすがだなと思うのですが。試合に負ける状況になってもしっかりと動くのですよ。次の試合に向けて動くのですよ」。このトレーナーはプロ野球のスコアキーパーから学ぶ機会があったと言う。

「このスコアキーパーは『敗北情報』に強いって言うのです。敗北情報とは、このスコアキーパーの造語なのですが、負け状況に陥っている時の、選手達のバッティング情報を的確に記載することにすぐれているのです」

負けているというのは、すなわち点が取れていないということだ。バッティングがうまくいっていない状況である。スコアキーパーは選手の投球に対する反応スピードや、投げられたボ-ルのスピード・種類なども細かな項目を記載する。その項目は100を軽く上回ると言うからすごい。

「スコアキーパーは自分の試合の負け度合いが大きいほど、わくわくするって言うのです。もちろん負けることに喜ぶのではありません。今日の試合の負けの情報、すなわち敗北情報を得ることにより、次の試合をはじめとしたその後の試合で勝つための情報を得ることができ、選手達が打てるようになるという意味でわくわくするのです」

 

【負けを学は勝ちであり価値】

負けている状況に陥ると、つい、負けから逃れたくなってしまう。逃げて済むのであればそれでも良いが、逃げてもまた戦いの場に参戦しなければならないのであれば、その時に勝てるようにするために学ぶ必要がある。

すなわち敗北情報を得て、そこから学ぶことにより、負けは次の機会の勝ちにつながる価値となるということだ。このスコアキーパーのわくわくは、負けた時のバッティングにかかわる次の勝ちにつながる情報を監督、コーチに伝えることができるという爽快感なのだ。

敗北情報を得た監督、コーチといった重要人物は、それを選手に伝える。選手だけではなくチームの全員に伝えて、次の勝ちの価値を創造するというわけだ。民間企業には業務の獲得のための競争入札がある。この入札の際には負ける可能性は勝つ可能性よりは高いだろう。入札参加企業のうち勝つのは1社であることが一般的だからだ。

私たち、企業での入札は負けから始まるのだ。負けの状況で、冒頭の話のように画面を切ってしまうと次の勝ちのための価値を失う。この価値の創造のためには企業にもスコアキーパーが必要なのだ。

実際に埼玉の企業の営業部ではスコアキーパーを取り入れている。営業担当者と常に同行し“わくわく”しながらスコアを記しているのだ。仮に負けても「次につながるからやる気が起きる」と社長も部長もそして営業担当者も言うという。スコアキーパーが企業を支えているのだ。