アンカー族

「あ、それ、私の専門ではないので・・・すみません」。「自信がないです。専門領域ではありませんので」。「資格がないのでやっていいのかどうか・・・やはり責任を取れないのでやめておきます」。「その分野の専門家、いますよね・・・社内に。私でなくとも・・・」。

ある地方銀行の頭取から悩みがあると相談された。なにごとかと聞いたら、取締役会議で銀行の支店長達が、今の若手はなかなか仕事をしてくれないと悩んでいると言う。支店長が各支店の部下から言われたのが冒頭の言葉だ。

 

【アンカー族】

行動経済学にはアンカリングという考え方がある。アンカーとは錨(いかり)のことだ。船のアンカーの役割は、船が停船しているときに、勝手気ままに流されないようにするためにアンカーを沈めることだ。アンカーが海底に固定されると、それを中心にして一定の範囲にしか船は動かない。

想定される領域の中では、限定的に移動するが、限定外の領域に移動することはない。このアンカーの動きのごとくに業務を行う社員のことをアンカー族と言う。アンカー族は自分の専門領域や、自分が保有する資格の領域の仕事はこなすが、そこからはずれると動きを止める。仕事をしない。

専門領域については、しっかりと業務をこなしていくのだが、領域から外れることはプロとしてはやるべきではないという考え方だ。できもしないことを、勝手にやると結果的に企業に迷惑をかけてしまうという考え方でもある。

なんらかの資格を保有していることは、企業においてはプラスに働く。企業としても、その資格に関連する業務についてはプロフェッショナリズムを信頼できるので効率的だ。しかしながら、その保有資格の知識や能力は時間とともに退化していく。

筆者が勤務していた会計監査法人における会計監査は公認会計士という優秀な資格保有者によるものだが、IT化・AI化が進めば、この領域の人手は不要になるとも言われている。これと同様の、業務の価値に影響されうる資格・専門能力はあまたある。

アンカーを持つことはいいのだが、そこにただひたすら係留されるままでいることはマイナスになりうるのだ。

 

【アンカー・アウェイター】

最近、企業で人気が出始めているのだが「アンカー・アウェイター」という仕事を専門に行う人がいる。アンカーを外すことをアウェイ(Aweigh)すると表現する。このアンカーを外す人をアンカー・アウェイターと呼ぶのだ。

仕事場で、それぞれの資格・専門を持つ社員がその分野にこだわってしまい、それ以外のことをやらなくなる。企業としては社員がもつ専門能力を応用することで、企業がより効率化する。社員からすれば、自分の持つ能力を応用することで新たな勤務状況を作り出せる。ちょっとした自信も生まれる。

企業と資格・専門能力の保有者である社員の合間に入り、社員のアンカーを外し、企業が必要としている領域に、アンカリングされている社員のアンカーを移動するのがアンカー・アウェイターの役割だ。

アウェイターは、社員と定期的に気楽に話す。今の状況なのでオンラインだ。「企業として、こんなことを悩んでいるみたいだけど、なにかアイデアはないですか?」といったコミュニケーションだ。

特にオンラインの今、企業に必要な人材がアンカー・アウェイターではないだろうか。