バリアフリーコミュニケーション

今から4年前の2017年のことだ。筆者はある法人に勤務していて取締役であった。社内セミナーで、新入社員に3日ほどの指導を行っていた。

最終日のことだ。セミナーで指導をしていた取締役は筆者を含めて5人である。担当者は新入社員に言う。「みなさん、ここにいる5人の取締役にご指導をいただきました」。新入社員達は取締役の筆者達に拍手をする。

担当者が加える。「それでは5人の取締役にご挨拶をいただきます。白板がありますから取締役の方は今後、新入社員が記憶できるような言葉を記して下さい。四文字熟語でお願いします」。新入社員達は白板に視線を向けている。

 

【目に見えないバリアの存在】

取締役達は「切磋琢磨」とか「大器晩成」とかを書いている。最後に筆者の番だ。そこで筆者は「大」と書いた。

四文字熟語ではない。ただ1文字だけの「大」だけなのだ。担当者は少々戸惑いながらも「では山本取締役のご挨拶をお願いいたします」。こうして筆者は新入社員に話をしたのだが、新入社員もどことなく「1文字だけ?」「「大」だけ?」という表情だった。

読者の方はどう思われますか?「取締役だし、しかも、担当者が四文字熟語って言ってるんだから、大だけはないだろう」と思われるだろう。「大」を記した張本人である筆者もそう思っていた。その時、筆者は「大」ではなく「文武両道」と書きたかったのだ。

企業勤務においては業務を学ぶことと同時に、数ある戦いにも耐えていく必要があると言いたかったのだ。でも結果として「大」だけになってしまい「これから大きく育ちましょう」みたいなごく普通の挨拶になってしまった。

私たちは、会社勤務にかかわらず日々コミュニケーションに満ちあふれて生活している。コミュニケーションにはさまざまな形態が存在する。話す、聞く、読む、見るに加えて書くという5つの形態がある。それらを適時・適確に合流させながら行うのがコミュニケーションだ。

この5つが合流できてこそコミュニケーションは円滑に行えるのだが、どれか1つにバリアが張られると障害が起きる。実は、この当時、筆者は失書という障害をかかえていたのだ。失書というのは5つの形態のうち書くということに苦労する(あるいは書けない)状態なのだ。

 

【バリアフリー】

詳細は割愛するがこの2017年のセミナーの直前まで筆者は病院にいた。大動脈解離の手術で一命は取り留めたのだが高次脳機能障害となり、特に失書が激しかったのだ。漢字、ひらがな、カタカナなどが書けない状態だったのだ。

筆者は、今は失書は改善している。しかし、これにより学んだのは同じような“失”に苦労している方々が多いということだ。読者の方々は業務において白板を使われることも多いだろう。部下に「メモして」と言うこともあれば、上司から言われることもあるだろう。書くだけでなく、話す、聞く、読む、見ることに関してお願いされることもあるだろう。

これらの5つでどれか、あるいは複数に“失”あるいは苦手があることが多いのだ。これは、筆者のようにある日突然起こりうることでもあれば、もともと持っていることもある。コミュニケーション上のバリアに苦慮していない人の方がめずらしいと考えて、日々のコミュニケーションに望むのがいいのではないだろうか。