カステラ売り場コスト

「カステラ屋を親父から引き継いだのだけど・・なかなかうまくいかないなあ」。

こう言っているのは長崎県のカステラ会社の若社長だ。三代続く老舗のカステラ屋なのだ。

彼が「うまくいかないなあ」と嘆いているのには2つの理由がある。1つはCOVIT19の影響だ。観光客が減ったのだ。もう1つの理由は県内に店舗を1つだけ持っているということだ。

「東京とか大阪への出店を考えたのですが、時期を失してしまい、多くの競合のカステラ屋が進出しているので今更なのです。観光客は減り、地元のお客様も高齢化の影響で多くを買ってもらえないのです。収益は減るばかりなのですが、祖父から父へと続いたので絶対に店をたたむわけにはいかず・・・こんな悩みを会長である父や相談役の祖父にも言えず」

 

 

【売り場コスト】

唯一の店舗は中心街からは少し離れているが大きく目立つ立派な建物だ。なんとか存続をさせたく思う若社長の考え方はよくわかる。

「悩んでいたら、祖父で創業者の会長が私に言うのです。『よし、販売店を閉めよう』。驚くと同時に申し訳なく落ち込んでいたら祖父が『ばかなこと言うんじゃないぞ。店を閉めるだけだ』」

若社長は筆者の大学の生徒であった。その彼から聞いた話なのだ。

彼の祖父である相談役が言っているのは、カステラの販売店は閉じて、その分のコストは減らす。売り場コストの削減で生き残りを探る。一方で、店舗販売はやめるが、販売手法を変化させるというものだ。

相談役の指示は、カステラの販売をオンライン販売に切り替えるというものだ。その販売先は日本というよりは海外が中心だ。経済発展が著しい中国、タイや西アジアの国々を狙っていると相談役は言う。「なんならルーツとも言われるポルトガルに凱旋してもいい」と、なんともたくましい。齢80歳とは思えない進取の気性なのだ。

売り場コストから、オンライン販売へ切り替えることによって、コストの立ち位置を変え、コストを上回る収益を狙うということである。

 

 

【サンクコスト】

相談役の思考方法は行動経済学で言うところのサンクコスト(埋没費用)だ。コストとしてかかってしまったものにこだわったり、それを取り返そうとするとますます深みにはまってしまう。過去のコストを取り返そうとせずに、費用として埋没させる。そして新たな収益機会を求めることが合理的なのだ。

近時、会社組織におけるサンクコストへの対応は高齢層の方が現役層よりも適しているとの研究結果が報告されている。原因はまだ調査中であるが、高齢層の余命にあるとも考えられている。

「それほど長くないから、取り返す時間も多くない。それなら、取り返しにこだわらず、埋没させてさっさと行動しよう」という高齢層の心理的な動きもあるだろう。長年の経験から「私も取り返しを試したけど成功確率は低い。次に向けて心機一転行動しよう」という経験値によるところもあるだろう。

若者あるいは現役世代がサンクコストを苦手とするのなら、高齢層がサンクコストを打破するようにコミュニケーションを取ることが、今の日本企業には必要だ。

相談役は若社長に言う。「今の若者は失敗をしないように、周囲に迷惑をかけないようにするけれど、失敗なしの仕事は仕事ではないよ。『また、失敗しました。すみません』って言えばいいだけだよ」